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非財務情報を取り込んでパーパスを実現する

上場企業は、2023年度から非財務情報の開示が義務化された。社内各所の労力と合意を経て開示にまでこぎ着けた非財務情報を、今後の企業活動に活用できるエネルギーにできないか。以下では、電通コンサルティングの⽥中 寛パートナーによる「マーケティングアジェンダ沖縄」(20235月開催)での講演内容を加筆し、「新しい電通」がマーコム(マーケティング・コミュニケーション)分野にとどまらず、より広い領域から顧客企業の成長をサポートし、社会全体にどう貢献しようとしているのか、紹介する。

大手コンサルから始まった田中パートナーのキャリアは、事業会社での経営企画や事業企画、素材分野のB2Bマーケティングや営業を経て、ブランディングやグロース特化型のコンサルティングにまで及ぶ。そんな田中パートナーが最近手掛けているのが非財務情報分野だ。

⽥中パートナーには、悔しい思いがある。

「金額に換算しにくい価値に、ブランド価値があります。海外企業は比較的うまくブランド価値を利用し、新規顧客の獲得にも自社ブランドをうまく使います。対して、日本の、特にB2B企業は機能的価値に頼りすぎており、既存顧客からの信頼は得られても、新規顧客の獲得が上手とはいえない場面をみてきました。ブランド価値のような非財務情報を目に見えにくい、価値に転換しにくいもので終わらせてはいけない。ブランド価値をうまく活用できていない日本企業が他社との差に気づくきっかけになればいいと思いませんか」

「非財務情報」がいま注目されているのは、2023年1月、金融庁が有価証券報告書等の記載事項について「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」と「コーポレートガバナンスに関する開示」をおもな内容とする「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正を公表したからだ。有価証券報告書等において「サステナビリティ情報」の記載欄の新設、人的資本・多様性に関する開示やコーポレートガバナンスに関する開示の拡充が2023年度から義務化され、企業価値を測る新たな基準になったのだ。

とはいえ、非財務情報が何か、イメージできる人はなかなか少ないだろう。一般的には、知的財産のような知的資本、従業員の能力・スキルといった人的資本、さらに人々のネットワークや信頼などの社会関係資本といった目に見えない無形資産を含む概念だ。

非財務情報の開示する背景のひとつに、気候変動に対する世界的危機感の高まりがある。たとえばある地域の降雨量が変われば工場の稼働に必要な冷却水のコストが変わり、工場の立地条件が変われば地域の雇用、経済にも影響を及ぼす。ひとつの企業で解決するには大きすぎる課題は、複数の企業、産業界、国家全体、世界全体で解決しなければならない。ESGの観点を満たす情報が上場企業から開示されることで投資家から政策立案者までのステークホルダーが全貌を把握しやすくなり、民間企業の競争、創意工夫で課題が解決されるはずだ。非財務情報は、市場メカニズムに乗せて課題を解決し、持続可能な経済構造に結びつけるベース情報になる。

非財務指標を経営指標に採用した企業は、非採用企業に比べてROEが1.5倍にもなる研究があるほどで、財務情報と組み合わせて、企業の価値を示す取り組みになっている。つまり、財務中心に量的な成長を追求してきた流れに、非財務の、質的な成長を求める観点が加わり、短期的な業績向上ではなく中長期的な発展を求める流れに「いい会社」の定義が変わって来た、と言っていい状況だ。

サステイナブルな企業価値の評価では、国際統合報告協議会(IIRC) が示す「オクトパスモデル」に沿って非財務情報を提示する取り組みが世界的にはある。ただ、たこ足のような図を見て企業価値のメカニズムを即座に理解するには、読む人にそれなりの読解力が求められる。国内をみると経産省が取り組んでいる「価値協創ガイダンス2.0」があるが、こちらも項目が多く複雑で、読み取りやすいとは言いがたい。とはいえ、中長期的な企業の発展は、一部の読解力の高い方が理解できればそれでよい、とはいかないだろう。株主や投資家向けには統合報告書で企業の長期的価値の全貌を示す取り組みもあるが、顧客やパートナー企業を含む、ステークホルダー全体、さらには現場が活用できて初めて魂の入った状態になるはずだ。

質的な成長を求めて幅広く価値を捉える長所を採り入れ、それでいて複雑で読み解きにくい短所を改善、シンプルで直截な理解につながる方法はないのか。そこで、電通グループが提案するのがパーパス(存在意義)を中心に四象限で企業価値を示す方法だ。

パーパスとは、「この企業はなぜ社会に存在するのか?」という社会における企業の存在意義である。未来においてもその企業が存在し続ける意義という点で、北極星のように目指す方向を指し示しているとも言える。対してミッションとは、自社視点であり「我が社はこれをする」という“すべきこと”が言葉になったもの。ビジョンは将来のある時点でこうなっているべきという目指すべき場所を表す。それぞれが関連する概念ではあるが、パーパスを定めることで、ひとつの文脈の中で理解できるだろう。

出典:ダイヤモンドオンライン 2022年3月23日
https://diamond.jp/articles/-/297042

パーパスを四象限の中心に置くことに大きな意味がある。すでに社員、環境、社会をまったく配慮していない企業はむしろ少数派であり、担当役員や部署が別で、相互に影響し合って、シナジーを生み出す関係になっていない方が問題なのだ。現在のスタッフは10年後の課長、20年後の部長候補であり、経営層と現場という二元論だけでなく、異なる部署同士が同じ目線で企業の全体像を把握できていなければ、ビジョンもミッションも浸透しえない。

各事業の経営、社員を幸せにする人的資本経営、環境や社会を良くするESG経営のいずれもが、パーパスが示す未来のあるべき方向に突き進むと図示できれば、どのステークホルダーも経営状態の全貌を一様に理解し、あるべき未来を見据えて価値観、将来像を共有することになる。

そのうえで、四象限の左上部分には、事業の成長を評価するために、主に財務情報が入る。さらに社員を元気しているか、環境に配慮できているか、よりよい社会のために何かしているかの情報を入れていく。ともすれば軽視されがちだった非財務指標を財務指標同様に扱うことで、金額に換算しにくい価値を適切に表現するわけだ。

金額に換算できない価値をどう守り育てるか。「三方よし」といった商人の倫理として扱われがちだった概念は、金額だけを測定する世界観では経営者の道徳心に守られてきたともいえるし、資本の論理にあらがいようもなかった、ともいえる。だが、とにかく事業を成長させる、数字を作る正義は、あえて事例をあげるまでもなく、その裏側で社員の疲弊、環境や社会への高い負荷をかけて来た。それでも実際に事業が成長すればよい時代が長く続いたが「四象限がうまくいっていない会社はよい会社とは言えないのではないか」という価値観は、いよいよ無視できない。

重要なのは、ある企業の社会における存在意義(パーパス)が何か、誰もが理解できて心に響いていることだ。かといって、どの会社にも、どの時代にも通用する理想論であってはならない。その企業ならではの「未来のあるべき姿」を示さなければいけない。

VUCAの時代、生活者の価値観やライフスタイルは、文字通り一夜で変わりうる。生活が変化すれば産業構造も変わるが、ここで自社が何者で何をもって社会に居場所を確保しているか、すべてのステークホルダーが世界観を共有していなければ、状況に流されるだけになる。世界は変わる。あるべき姿はこうだと描いた自社の未来を皆が納得して共有できていれば、価値ある事業を創造し、既存事業を躊躇なく変革できるはずだ。こうして事業戦略が素直に事業活動を形作ることが企業価値につながる。パーパスを中心に四象限で表現するのは、そのための手段なのだ。

では、パーパスを起点に、どう企業価値を向上させるのか。顧客企業ごとにオーダーメイドで提案するのが「新しい電通」のBX事業となる。求められれば、顧客企業のあるべき姿は何か、電通グループは徹底的に分析し、議論し、顧客企業のパーパスをそれぞれの会社の言葉に落とし込む。その上でパーパスに紐付く戦略を策定し、事業活動や商品開発につなげる。そして、その事業活動や商品開発が企業としての価値に繋がるように、指標と結びつけて効果を見ながら適切に実行する。

こうして、パーパスが戦略や事業活動、KPIの策定や評価まで、一貫したストーリーとして語れるようにすることが電通ならではのクリエイティブな提案になる。あり合わせのつなぎ合わせではなく、戦略から事業活動、その評価指標までを一貫したシンプルなストーリーにすることで、経営者だけでなく、配属直後の新入社員でも「ウチの会社はこうなんです」と言えるようになる。組織が向かうべき北極星が示され、その北極星を目指して組織一体となって事業活動を行うため、社員の帰属意識・貢献意識(会社の目標達成に、社員としての自分が貢献しているという意識)が高まると共に、組織としての求心力が高まる。また、個々の社員が将来やりたいことは事業計画に反映され、社員のモチベーションが上がる。このように、社員がモチベーション高く、パーパスが示す北極星を目指して、一丸となって事業活動を行うことで、パーパスを具体的に実現していく。

ここまで述べてきたように、電通は、財務情報と非財務情報を組み合わせ、あらゆるステークホルダーが理解しやすいように整理し、企業の戦略や活動と結びつけることによって、企業価値を可視化・再構築する新しいフレームワークを開発し、「統合諸表」と名付けた。その最初のモデルを「統合諸表ver.1.0」として昨年公開、すでに顧客企業への支援を開始している。

さらに現在、実感できる豊かさを将来にわたって日本でどう実現するか、その中で企業はどうあるべきかに関心のある国内企業が集まって作ったWell-being Initiativeといコンソーシアムでも「よい会社の物差しを変えよう」という取り組みの中で統合諸表を参照しながら議論を深めている。「社会の中で未来に向けて何が求められているか?」を追求していくと、多くの場合、パーパスはWell-beingに関連する内容になる。

田中パートナーのキャリアの中核にあるマーケターの役割も、Well-beingの中で再定義されるだろう。経済成長だけを主眼にすれば、マーケティング活動の成果はGDPとして積算される。しかし、Well-beingの実現が重視されるようになり、企業活動の積算値はGDW(Gross Domestic Well-being)になるはずだ。生活者の価値観、産業構造が変化することを読み解き、市場環境がどう変わるかを意識しながら個々の企業のパーパスを策定し、事業戦略や事業活動を設計しなおし、KPIを策定する。統合諸表の観点で企業価値を高めていくことは、GDWの成長につながる。非財務情報を企業価値に取り込むことが、いい会社がきちんと評価され、それが日本社会の発展という、少し視座の高い話につながっていくのだ。

電通は、従来からのマーコム支援以外に、事業計画や新規事業の支援を「BX」と呼称し、専任の新組織を2021年に立ち上げ、支援している。顧客企業の事業変革を支援するBXチームは、コンサルティングファームやIT基盤の導入をサポートするSIerなど、戦略からITの実装までを支援する体制を整えている。これも電通グループのパーパスである。

株式会社電通コンサルティング
事業推進グループ パートナー

田中 寛

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、外資系コンサル2社で企業再生の事業評価や戦略立案、業務改善コンサルを経験後、事業会社に転職。米系大手化学企業や米系大手EC企業にて、社長室・経営企画・事業企画や事業部でのB2B営業・マーケティングの経験を通じて、事業成長に向けた取り組みを実践。その後、ブランディング専門コンサルにて大手日系・外資系企業のブランド戦略立案に従事。2022年より現職にて、グロース特化のコンサルティングファームの経営を担いながら、B2Bブランディングを中心にクライアント企業の事業成長を伴走支援している。

株式会社電通
BXクリエーティブセンター エクスペリエンスデザイン部 部長

森 直樹

光学機器のマーケティング、市場調査会社、ネット系ベンチャーなど経て2009年電通入社。世界的なデザインコンサルティングファームである米フロッグデザインとの協業及び国内企業への事業展開、デジタル&テクノロジーによる事業およびイノベーション支援を手がける。 日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の幹事(モバイル委員長)。著書に『モバイルシフト 「スマホ×ソーシャル」ビジネス新戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)など。ADFEST(INTERACTIVE Silver他)、Spikes Asia(PR グランプリ)、グッドデザイン賞など受賞。ad:tech Tokyo公式スピーカーなど講演も多数

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