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「誰もみたことのない電通」の実現

事業変革の最前線を探求するカンファレンス「Xplorers(エクスプローラーズ)」レポート

歴史ある大企業の本業にも変革と創造が求められる時代。第一線で活躍するビジネスリーダーが事業変革の最前線を探求するカンファレンス「Xplorers(エクスプローラーズ)」(2023年9月東京開催)に集結し、基調講演として2030年に向けた「CEOの視座 ビジョン、パーパスとその実行」をテーマに語り合った。

登壇したのは東京ガス取締役代表執行役社長の笹山晋一CEO、東芝取締役代表執行役社長の島田太郎CEO、東日本旅客鉄道の深澤祐二代表取締役社長、dentsu Japan兼電通の榑谷典洋(くれたに のりひろ)CEOの4氏。

進化する電通グループ

電通グループの変革について説明したdentsu Japanの榑谷CEOは、グループのパーパスである「an invitation to the never before(私たちは、多様な視点を持つ人々とつながりながら、かつてないアイデアやソリューションを生み出し、社会や企業の持続的な発展を実現するために存在しています。)」を紹介、さらにこのパーパスの下に2030年に向けたビジョン「To be at the forefront of people-centered transformations that shape society(「人起点の変革」の最前線に立ち、社会にポジティブな動力を生み出す)」があると述べ、キーワードになるのは「people-centered」(人起点)と「transformations(変革)」であると語った。

榑谷CEOによれば、「people-centered(人起点)」という場合の「人」の第一義は企業にとってのお客さまである。一方で、事業を担う従業員から、あらゆるステークホルダーまでを含む「人」でもある。現在、電通グループの売上構成の6割が海外であり、2010年代までは通用した「日本の広告会社」とは言いにくくなっている。さらに、電通グループの地域別収益構成(2022年12月期)は日本39%、北米29%、その他32%であり、従業員数は国内約2万2000人に対して海外は約5万人である。電通グループが変革を推進し、消費者/生活者のみならず、従業員なども含めた「人」の心を多面的・複層的に捉えてきたことが、「日本で設立された会社」でありながら、お客さまから従業員、株主に至るまで、日本以外の比率が高まっている現実をもたらした、と言えるだろう。

さらにいえば、2016年には収益構成の約15%だった広告・コミュニケーション以外の領域(図中では「BCDX」)は、2023年上期の段階ですでに33%となっている。榑谷CEOは、なるべく早期に従来の事業と半々としたい意向で、業態としても「広告・コミュニケーションの会社」とは呼べなくなる未来を示した。

カスタマージャーニーのデュアルファネル化

この急速な事業変革の背景にあるのが「カスタマージャーニーのデュアルファネル化」だ。「ファネル」とは漏斗(じょうご、ろうと)のことで、かつては「AIDMA」と呼ばれるモデルが広告・コミュニケーション戦略の基本とされた。しかし、デジタル革命の進展とともにカスタマージャーニーは購入後にまで拡大され、2004年頃からは「AISASモデル」、2015年頃からは「Dual AISAS」などと呼ばれる幅広の概念になっている。

榑谷CEOがいう「カスタマージャーニーのデュアルファネル化」により、あらゆる企業とその顧客の接点は従来の広告宣伝・PR・販売促進から、コマース、CRMにまで拡大。いまやオンラインが物理世界を包含する形になっている状況を、榑谷CEOは「あらゆる企業がデジタルプラットフォーマーになる、そうなることを余儀なくされている」と表現した。

dentsu Japanにとって「デュアルファネル化」は、従来の「広告・コミュニケーション」の知見を生かしながら、顧客企業の成長により寄与できる可能性を秘めている。広告事業は、高度化・効率化を果たすべきAX領域として今後も成長を続けるが、AX領域の外側にはエンドユーザーの購買体験・利用体験を変革するCX領域、CX領域をデータ化して分析、あるいはテクノロジー基盤を顧客に提供するDX領域がある。さらにAX+CX+DXの領域を包含し、顧客企業の事業変革をサポートするBX領域まで、クリエイティブを中心的な提供価値にしつつ、4領域で顧客企業のパートナーとなり、社会課題の解決に貢献するのが2030年に向けた電通のパーパスになるという。

ただ、クリエイティビティには裏付けが必要だ。科学的根拠がなければ、アイデアは単なる思いつきと区別がつかず、構想力と実行力がなければ企画倒れに終わる。そこで榑谷CEOが掲げるのがコンシューマーインテリジェンスと、アイデアを構想から計画に練り上げ、心から喜びを感じる体験に飛躍させる人財の重要性だ。

「解像度の高い顧客理解のためにはデータ基盤が重要です。そうでなければ顧客企業は大きな投資を弊社に預けられません。さらに弊社には、高度で魅力的なクリエイティビティを実現できる世界中の人財とのつながりがあります」

すでに基盤としてのデータテクノロジー、データ運用では1000件以上の実績があり、顧客の成長、企業変革、イノベーションに貢献できる体制が整っている。dentsu Japanは「日本の広告会社」から、「社会課題を解決する企業グループ」に変化していると言えるだろう。

「あらたな価値を生み出す」変革を

榑谷CEOの発表に続いて、電通の山原新悟エグゼクティブディレクター(以下、山原ED)、ドリームインキュベータの三宅孝之社長(以下、三宅社長)、電通の小布施典孝エグゼクティブクリエーティブディレクター(以下、小布施ECD)の3氏が登壇。「今の時代、『価値をつくる』とは。」をテーマに、なぜ大企業の事業変革に「パーパス」の概念が持ち込まれるのか、どうすれば「価値をつくる仕事」ができるのかについて語り合った。

新たな価値を作れたか?

口火を切ったのは電通の山原ED。電通グループといえば広告会社、マーケティングの会社のイメージが強いが、榑谷CEOの説明どおり、企業変革/事業変革・事業創造といったBXの領域で顧客企業を支援することが増えている状況を述べた。そのうえで「時代の変化の中で、ここ数年、取り組むべき大きな経営アジェンダが増えてきています。それぞれのアジェンダに対処する中、結局、自分たちは社内外に大きな価値は創り出せているのだろうか?と問われる経営者が増えている。地球、社会、お客さま、そして社内に新たな価値を創られたのか?」と問いかけた。

続いてドリームインキュベータの三宅社長から、事業を作ることの重要性が語られた。

「変革が必要と言われるけれど、なぜ変えるのがよくわからないよね、ということで最近はパーパスだと言われる。けれど、パーパスで食えるのか?」

ベンチャー企業にとって、売上高10億円は設立当初の事業計画に書き込む、夢の大目標かもしれない。しかし、売上高が数千億から数兆円規模の事業責任者からみれば、1%未満の誤差に過ぎない。

「だから、パーパスは事業とセットにするべきなんです。新規事業を立ち上げて、あとで既存の事業が合流するには、初めから大きな船になるように設計しないといけなません。だから社会課題の解決が必要で、社会課題の解決はパーパスと相性がいいんです」

三宅社長によれば「事業が作れるのはビジネスプロデューサー」だ。事業部や業界内の発想にとらわれれば、既存事業の延長線上に小さな船でこぎ出すだけになる。人手不足、法規制の拡大、物価上昇など、刻々と変化する情勢に対処するには、パーパスとして社会課題の解決を掲げ、大きな目標に向かって、しがらみに足をすくわれることなく、事業を創造すべきなのだ。

「コンサルタントに事業は作れません。彼らは依頼するとやって来て、お客さんよりお客さんの会社に詳しくなって、ここが悪い、と言って治していく。医者かもしれないが、ビジネスプロデューサーではないんです」

事業創造のパートナーは、顧客企業ができないことを支援する。だから、ビジネスプロデューサーは社会のことを知らないといけない。顧客企業の特性をみながら、社会課題を解決する場所に顧客企業を導くのが役割だ。

「クリエイティブ参謀」という新しい選択肢

電通の小布施ECDは、電通のクリエイティブの進化について語った。電通が、広告・コミュニケーションの会社から顧客企業の事業変革をサポートする企業に変化する過程で、クリエイターの役割も進化しているという。

その象徴的な事例のひとつが、小布施ECD自身が6年前から関わり、初期の構想段階からサポートした「北海道ボールパークFビレッジ」(北海道北広島市)のプロジェクトだ。

「人を惹きつける磁力をどう作っていくのか。初期のまちづくり構想から最終的なブランディング、エクスペリエンス、そしてコミュニケーションまで併走しているプロジェクトです。おかげさまで開業後、多くのお客様の来場があり、地価上昇率も日本一に。開業10年での経済効果は8400億円と試算されています」

このように電通のクリエイターは、広告制作だけでなく、未来構想の領域にまで拡張し始めているのだ。

「未来をつくっていく経営活動というものは、さまざまなステークホルダーに期待を持ってもらい、納得してもらい、行動してもらうコミュニケーションだと捉えることもできると思います。そう考えると、広告クリエイターのスキルである『一言化/一目化/一発化』というスキルは、広告領域以外でも有効に機能すると認識しています」

その上で、さまざまなステークホルダーとのコミュニケーションを設計し、企業価値向上へと繋げていく際に有効利用できるフレームワークとして「統合諸表」があるという。

「これまでの企業価値は、事業の収益性で判断されることが大半でした。つまり、財務諸表で表現されていたのです。しかし昨今は、人的資本経営やサステナビリティの高まりなどを受けて、社員は元気か、社会や地域を良くすることに貢献できているのか、地球環境と共生できているかまで問われます。つまり非財務の価値までを含めて企業価値と捉える大きな流れがあります。ところが、この価値は財務諸表で確認できません。そこでその企業が、財務と非財務をあわせて、統合的にどんな価値を創造しているのかがわかる設計図があるべきなのではということで、「統合諸表」というフレームワークが生まれました。統合諸表を使うことで、経営層から従業員まで、自社の『存在意義』から『戦略』『活動』『KPI』までを説明しやすくなる効果もあります」

つまり、マーケティングがしたい、広告を出したいときに電通を呼ぶのではなく、企業価値を高めたい、事業変革に伴走役が欲しい、そうした時に、電通を呼ぶ選択肢も生まれてきているわけだ。

「企業経営にクリエイティブ参謀をつけるという選択肢が、これからの企業の新しい競争力になる可能性があると思っています。私たちは、変革を起こそうとしているクライアント様こそが『フューチャークリエイター』だと思っているので、そこに私たちのクリエイティビティを掛け合わせることで、未来に向けての新しい価値を発掘し、磨き込んでいけると思っています」

新しい価値が生まれる組織とは?

電通の山原EDからは、新しい価値を生みだす組織とは何なのか? 企業内部からの変革の観点の話があった。新規事業に関わるビジネスパースンの多くが、シリコンバレー発の画期的サービス発表のたびに「これ、あの会社にもできたはずだ」と感じると同時に「そうはいっても日本の会社にできたかな」と思ったことがはるはずだ。実際には似たような構想が日本企業の中で生まれることもあるが、芽吹いても育たなかった。

山原EDがこうした企業の経営陣に話を聞くと「既存事業を壊さない前提でしか新しい事業を作ってはいけない。期待値が大きすぎて、アイデアの芽の段階でそうじゃないと言われる」といった原因まで分析できている。であれば、今後は企業変革が進みそうにも思えるが、自社の企業変革の実態について従業員に尋ねる調査を実施したところ、思いがけない実態が明らかになった。従業員の8割程度は企業変革に受け身で捉えていることがわかったのだ。新たな価値創造を妨げる要因の多くは、企業の内部にあるのだ。

多くの経営者が事業環境の変化を肌で感じ、データでも把握して、変革の必要性を真剣に社内に発信している。トップは組織目標を設定し、組織に通達する。新規事業の専門部署を作ったり、HR領域の変革を進めたりするが、既存事業からは冷ややかに見られたり、ごく一部の部署だけのムーブメントで終わるということもあり得る。

こうして、経営者の危機感は従業員に共感されず、ともすれば経営が変革を唱えるほど、既存事業を必死に回す現場の気持ちが離れていく。結果、将来への不安が残ったままになる。山原EDは「変革を進める組織に必要なのは、この経営と従業員の間のギャップをどう埋めるか」だという。

ただし、山原EDの見立てでは、多くの日本企業は「変革の2周目に入っている」という。DXや人的資本経営、オープンイノベーションの推進などの変革を1周進めてきた。だが、社内の熱量は持続しなかった、結果が想定を下回った、思ったほど成長に結びつかなかったなどの課題が見えてきたという。1周を回してみた企業だからこそ直面する2周目の課題に、どう対応するか。

「我々は企業全体の変革を進めるビジネストランスメーションのモデルを持っています。一部の事業を変えても企業全体のあり方を変えないと、2周目で期待される大きな事業変革につながらないし、続かない。2周目をどう回すか、企業のDNAを活かしつつ、それでいて変革を生み出し続ける企業文化にどう変えるか。内部から破壊的な事業をどう生み出し、継続していくか。電通グループが全体的に支援することで、社内の各所をつなぎ、事業を変えながら企業を変えるお手伝いができます」

今の時代、「価値をつくり続ける」とは。

企業が価値を作り続けるにはどうすればいいのか。三氏の主張を振り返ろう。三宅社長の観点を端的にいえば「大企業が事業変革をするには、パートナーを巻き込んで、社会課題の解決に取り組め」ということだ。

「大企業の新規事業でも10億、100億という地点を通過するのは大変なのに、既存事業に比べれば小さく、評価されにくい。だから、隙間狙いではなく、最初から1000億、5000億の事業を構想しないといけない。そうなると大きな社会課題を解決できないといけない。そのためには、大企業と既存のパートナーだけでは足りないから、外部の力も借りないといけない。制度やルールも変えないといけなくなります」

三宅社長によれば、大きな社会問題を解決することに新規事業の勝ち筋を見いだす企業は着実に増えているという。

「つい10年前までの新規事業は今ほど華やかなポジションとは言えませんでした。新規事業室ができて、2、3人のスタッフが割り当てられ、スピード感があるとはいえなかった。でも、ここ10年くらいは8割くらいの会社に新規事業部門があって、エースが割り当てられているように変わっています。いまの新規事業はトップが推進するようになり、雰囲気が違うんです」

とはいえ、既存事業が上手くいっている企業ほど、新規事業は非日常的世界だ。仕入れ先も販売チャネルも、適用される法規制、消費税の経理処理方法すら、本業とは異なることがあり、管理部門との摩擦も生じうる。新規事業に関わるスタッフにとって、一生に一度あるかないかの大仕事になるが、自社が今後生き残るには何としても成功させないといけない。だから、社内に夢を描くのが得意な人がいなければ社外の力を借りればいいし、自社だけで夢に向かって進めないなら、取引先も巻き込まなければいけない。

小布施ECDの議論は、電通の強みの1つであるクリエイティブ発想は、実は未来価値を創っていく際の大きな推進力になる、という気づきに基づいている。

「私たちは、みなさんの想いを引き出し、そこに言葉の力や、絵の力や、物語の力をかけあわせていくことで、「あ、それやってみたい!」とみんなが心の底から思える、まだ世の中になかった新しい価値を創っていくお手伝いをしています。このアプローチを「クリエイティブ・リード」と呼んでいます。クリエイティブリードは、プロジェクトに関わる多くの人たちの様々な想いを、企画の力で、グイッと引き上げ、昇華させていく技法です。

実際、経営層の皆様とクリエーティブセッションをやらせて頂くと、私たちもビックリするぐらい『楽しかった』と言ってもらうことが多くあります。さまざまなインプット、刺激の中に身を置き、背負っている役割や責任を超えてフラットに対話をしていく中で、アイデアが頭の中からポンっと生まれる瞬間があって、そういう時にみなさんの目がキラッと光るんです。この目の輝きこそが、プロジェクトの推進力になっていきます。まさにこれこそ企業の未来価値の種と言ってもいいかもしれません。このようにクリエイティブの力で企業価値向上のお手伝いをさせていただいているのが、いまの電通です。最終的なアウトプットまでやりきる中で身についた身体知があるからこそ、単なる浮ついた概念で終わることなく、世の中でしっかり機能する価値が提供できると思っています」

組織の持続的改革の方法を説いた山原EDにも似た経験があるという。

「お客さまのプロジェクトに関わって嬉しいのは、変革プロジェクトに参加した方々の意識が変わっていく、熱量が高まっていくということを実感できることです。人は簡単には動かないし、変われません。だから、本気になってもらうための『運動』をつくり続けることが大切です。弊社は、マーケティングを通じて、人の心を動かすことの『難しさ』を知っています。電通グループはその観点で企業変革を捉え、戦略が絵に描いた餅にならず、着実に推進することができるのです」

dentsu Japanは、新規事業開発、非財務領域も含めた企業価値の拡大、企業文化の変革など、広告・コミュニケーション事業を中心に置きながら、デジタル基盤の整備、顧客企業の事業変革の支援まで、事業の内容を変革している。榑谷CEOの掲げるパーパスが事業にまで浸透し、各人の言葉で表現されていながら方向性の揃った発表に、電通グループの変革の進み具合が現れている。

三宅 孝之
株式会社 ドリームインキュベータ
代表取締役社長

1995年京都大学大学院工学研究科卒業(工学修士)、1995年経済産業省入省、A.T.カーニー株式会社を経て、2004年よりドリームインキュベータに参画。2009年執行役員、2019年取締役、2020年代表取締役に就任。2021年より現職。

小布施 典孝
株式会社 電通
Future Creative Center センター長

様々な企業とのマーケティング/プロモーション/クリエイティブ領域でのプロジェクトに関わった後、2020年、企業の未来価値創造を支援するFuture Creative Center のセンター長に就任。経営の打ち手のグランドデザイン支援、ビジョン策定、シンボリックアクション開発や、企業価値向上につながるブランディングやコミュニケーションなどを手掛ける。カンヌライオンズ2023金賞。その他、国内外の受賞多数。

山原 新悟
株式会社 電通
BXデザイン局 エグゼクティブ・ディレクター

企業の経営層に対して中期経営戦略の策定、企業変革プランの策定と実行、新規事業創出支援など幅広くBX(Business Transformation)領域のアドバイザリーを務める。また2022年に都市開発、地域創生を手掛ける電通グループ横断組織「都市の未来デザインユニット」を立ち上げ、運営。

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