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脱カン・コツ・ドキョウ!需要予測は AI で行う時代へ

AIや機械学習に頼らなくても、映画産業なら試写会でのアンケート、製造業なら昨年度の売上実績といった過去データ、消費者向けの商品であれば、特定地域での先行販売など、需要予測は販売計画や宣伝計画を策定するときの基礎データであり、当然、各社の経験と知恵の積み重ねがある。それに、2010年代半ば頃のAIブームに乗って手を出してみたものの、期待したほどの成果を得られなかった企業もあるだろう。しかし、ISIDクロスイノベーション本部AIトランスフォーメーションセンターの深谷勇次センター長は「AIの予測効率、精度は数年前とは比較にならないほど向上しました。さらに、どう運用すればよいのかのノウハウも蓄積されていますよ」という。

「2010年代のAIブームでは、データサイエンスとは何か、何に使いたいかが不明のまま『なんかすごそう』で始めちゃった。どうビジネスに使うのかイメージがつかないので、タイムマシンでやって来た未来のロボットを作りたいです、といった『夢見がちな引合』もあった。新しい技術をためしてみるという姿勢は重要であるが、ビジネス価値に繋げるところで、実際に運用されるような結果に繋がらないこともあった。対して、現在のAIへの投資は二周目。費用と効果のバランスがわかるようになり、実用的になってきました」

深谷氏が推すのが需要予測のAI利用だ。従来の需要予測では、自社の実績データを表計算ソフトのシートにまとめ、担当者が数式を駆使して、地域や月別の予測データを作成するなどしていた。多少の環境変化ならば担当者が感覚で係数を調整するコツで対応できたが、内容の妥当性は検証しようがなく、完全に属人化していく。

「そういう数式を駆使してデータを作れる人って優秀なので、どんどん出世しちゃう。ところが、極端にいえば役員本人が需要を予測するわけにはいかなくなり、後任に引き継がれるんですけど、複雑な数式が他のセルを参照しまくっているシートなんて、もう作った本人にも解読不能になっていたり、なぜそうしていたのかわからなくなっていることもあるようなんです」

さらに、少子高齢化が状況を悪化させる。たとえ従来の需要予測が適確に運用できていたとしても、担当者が50代ばかりのチームというのが日本企業の現実だ。代わりの人は来ないし、むしろチームの人数を減らすのが既定方針になる。これがAIを使う切実な理由になる。また、世界各地で事業を展開している企業で、需要予測の担当者も各国にいると計算式がバラバラになり、担当者の異動や退職で、去年までとは数字の意味が変わってしまうこともある。表の集計行で各国の需要予測値を合計したとき、その数字が何を表しているのか、本当のことはわからなくなる。

とはいえ、数式を整理し、各国で需要予測の方法を統一すれば、表計算ソフトでも何とかなりそうにも思える。AIを導入すると何が変わるのか。

「たとえば、移動平均法のような時系列分析手法でデータを予測するとき、追いかけるデータはひとつだけです。そのデータが何の要因で変化するかまでは見ません。人間ですから、各国の担当者も自身が認知し、理解できる範囲で予測モデルを組み立てたはずで、パラメーターの数はたいして多くない。各国で使っているパラメーターを全部採用すると、それだけで人間の認知能力を超えることもあるでしょう」

これが、AIを需要予測に利用すべき第2の理由だ。

実際にAIを導入する過程で、予測したい目的変数(例えば半年先の何々の販売数)に少しでも影響するであろうと考えている、組織内に散在していたデータを収集する。集まったデータは、人間では考慮しきれない期間、項目数であり、AIによって、それら多くのデータを元にした予測が実現できる。

AIによる需要予測で、営業と製造部門の関係が変わる

深谷氏は、AI導入には、会議の雰囲気がよくなる、という意外な効果もあるという。

多くの製造業の企業には、営業部門と製造部門があるはずだ。営業部門は販売計画という数字に責任を持ち、売上の最大化のために欠品を防ぎたい。一方の製造部門は、在庫を最小化させつつ、営業部門からの出荷依頼を滞りなく対応したい。両者は、同じ企業内にありながら、「うちの工場は急な出荷依頼に対応してくれないから、多めに販売数を見積もっておこう」「営業は売れる数ではなく売りたい数を言ってくるから、倉庫に在庫が溜まって困ってしまう」といった対立関係に陥ってしまうこともある。

AIによる需要予測は、この対立関係を根底から変えうる。

「販売計画や生産計画を立てるのは、引き続き営業部門であり、製造部門です。この役割は変わりません。しかし、営業部門でも製造部門でもない、中立的な立ち位置からAIが需要を予測することで、営業部門は営業だからできる実際の担当顧客や市場の動向に注力したり、長期予測はAIに任せたりすることで、今までよりも効率的かつ精度高い予測が実現できます。製造部門は、そもそもこの取り組みで実績値との乖離が小さくなることで大きなメリットとなります。AIの予測値と違う需要予測を営業がしてくると、その理由を踏まえて、将来の生産計画をより先んじて検討できるようになります。顔の見える誰かではなく、第三者的な機械の予測をベースに両者が議論するので気兼ねがなくなり、カンコツにたよらないデータドリブン型の組織に自然に移行するわけです」

データから導き出されるロジックをもとに人間がより考えることで、優秀な営業担当者が報われやすい環境も生まれる。販売計画を立てるために需要を予測するから、実際に販売し始めると実績値に目が向いてしまい、大元の需要予測は、ともすれば販売計画書の参考資料にしか残らない。しかし、AIによる需要予測に対して、営業担当が自らの知見で補正して販売計画を立てることで、「どの月にも前年実績を入れていただけのいい加減な営業担当と、独自の分析で正確に需要を予測して販売計画を立てていた営業担当の実力の違いがわかってしまう。AI導入で何か組織が変わることはないけれど、確実に社員の意識は変わります」と深谷氏はいう。

将来を予知しにくい時代の未来予測

日本企業では、商品の販売個数を個別に管理するPOSや統合基幹業務システム:ERPの導入が1990年代から進み、製造部門の効率化が進んだ。しかし、コロナ禍やウクライナ戦争に限らず、気候変動や自然災害など、予知できない事情で販売計画や製造計画に見込み違いが起きれば、正常な未来を前提に組み立てた経営計画へのダメージは計り知れない。AIによる需要予測は、予知しがたい時代の答えになるのだろうか。深谷氏の答えはユニークだ。

「仮にAIが何らかのパラメーターから、パンデミックによる販売数の大幅減を予測できてしまったとしましょう。その場合、人間はこのAIによる予測を信じるでしょうか」

AIはタイムマシンでやって来た未来のロボットでない。予測に基づいて判断するのは人間の責任だ。AIに任せるべきは、人間が認知できないたくさんのパラメーターを使った予測、移動平均や回帰分析では表現できない、しかも再現性のある手法で未来を探り当てることだ。もちろん、パンデミックからどう回復するか、表計算ソフトでも、たとえば東日本大震災からの回復でどう変化したのか係数で再現はできる。しかし、コロナ禍と東日本大震災では需要が回復する様子が異なり、カンを根拠に係数を調整すれば現実に即すのか、それこそ属人的な予測になってしまう。

「AIはいちど学習させて完成ではありません。より精度よい予測を継続したいのであれば、予測と現実に差が生じたらすぐにキャッチアップするようタイムリーに再学習しないといけません。コロナ禍からの回復を予測させると、AIはゆるく回復すると予測しましたが、実際には急回復したという状況が発生した事例もありました。学習頻度がタイムリーな場合は、そのギャップも早く埋められるようになりました。学習データにないことはわからないから、そのような世界が変わったような時には、人間が判断する、それ以外の場合はAIに任せていけばよい。こういう運用にこそ、人間の責任が発生します」

AIによる需要予測は、スタッフの確保に留まらず、組織内のコミュニケーションを変革し、予測できない時代への対応にもなる。そもそも需要予測は販売計画や生産計画を策定するうえでの基礎情報であり、精度が高まれば利益にも大きく関わってくる。どうすれば企業はAIを上手に利用し、組織をAI時代に最適化できるのだろうか。深谷氏は、大きくわけて4類型あるという。

「まず、IT化を牽引してきたようなテクノロジーに貪欲な大企業。こういうところはAI以前から自社でやっています。AIが出て来たから、AIも取り入れました、というパターンです。次は、AIが使えるとわかったので、初期にデータサイエンティストなどのAI人材を取り込んで、自社内で発達させていったパターン。」

一方で、深谷氏が関わるのが別の2パターン。

「我々が昨今ご支援するのが多いのは、自社でやっていきたいけれど、最初から内製化できないというお悩みのある会社、そして近い将来でも、自社での内製化は難しいので外注化したい、というお客さまです」 AIによる需要予測は今からでも対応が間に合う分野だ。

深谷勇次
株式会社電通国際情報サービス X(クロス)イノベーション本部 AIトランスフォーメーションセンター 部長

ISIDのAIチームを一から立ち上げ、2022年からAIトランスフォーメーションセンター(AITC)部長に就任。不確実性の高いAI/データ活用による予測や判断支援によって、お客様ビジネスのアジリティ(機敏性&フレキシビリティ)を高め、よりお客様の利益に貢献するAITCを目指しています

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